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日野自動車(株)デザイン部 アドバンスデザインチームリーダー 松山耕輔 「バリアフリーとユニバーサルデザインの違いを示しなさい」という試験問題が出た、と中学生になった次男から聞かされ、時代は変わったなあと痛感させられた。ほんの数年前まで「ユニバーサルデザインって何?」という状況だったのがウソのようだ。 ちなみに彼は、リフト付きバスとノンステップバスを例にとって回答したとのことで、私をホッとさせてくれた。
私はトラック、バスの専門メーカーに勤務し、車両をデザインしている。ノンステップバスが世の中を走り始めたころから「ユニバーサルデザイン」に世間の注目が集まり始めたのではないかと思うが、そんな流れから数年前に、都内の教科書出版会社から未来のバスについて資料提供の要請があった。中学生向けの美術でユニバーサルデザインを取り上げるという。ダリやピカソの載っている教科書にも路線バスを事例にユニバーサルデザインが取り上げられる時代なのだ。
[美術の教科書「居心地のいいデザインを考える」の章] バスは多くの人にとって、もっとも身近な公共交通機関として存在し、時代と共に少しずつ変化に対応しながら社会を支えてきた。少しでも多くの人が使いやすいと感じてもらえるよう努力をしてきたつもりであるが、まだ必ずしも望ましい状態にはなっていない。私はその理由の一つに「ワンマン運行」があると考える。メーカー側の言い訳に聞こえるかもしれないが、地域に密着した「真に利用者にやさしいバス」に近づくためには「車掌さん」の復活がカギを握っているように思う。
昭和40年代、日本経済が高度成長の真っただ中、マイカーブームの到来とともに利用者のバス離れがはじまり、「ワンマンバス」が登場した。多くの人はその新型車両の登場を近代化と受け止め、扉に書かれた「自動扉」の文字も、とても誇らしげだった。 いままで「車掌さん」の居た場所はポカンと穴が空いたような場所になり、同時に「運転手さん」は忙しくなり始めた。交通渋滞が増加し、ダイヤどおりの定時運行がままならなくなり、増え始めたクルマによって無理な追い越しや割り込みに従来以上に気を使わなくてはならなくなった。そこに運賃の授受作業が加わった。その結果、無愛想な運転手さんが増えてバス離れに拍車をかけるとともに、ひとりで買い物にいく子供に「えらいねえ」と声をかけるような運転手さんのいる風景も消えた。でも、それが近代化なのだと思ってしまう時代だったのだ。
「このバスは○○へ行きますか?」「○○まではいくらですか?」「お札しかないんですけど両替お願いできますか?」それらはすべて車掌さんに頼めばよかった。足が悪いひとでも、自分の乗り降りを確実に見届けてくれる車掌さんがいることで安心できた。目が見えにくい人、耳が聞こえにくい人、はじめてその路線を利用する人でもドキドキせずに利用することもできたのだ。
今、ユニバーサルデザインを語るとき、ハード側に視点を置いて論じられることが多いが、ハードだけが先行するだけでは人が気持ちよく使えるシステムやサービスは生まれない。路線バスのように地域に密着したシステムには、ボランティアなど地域の人が関われるような方法もあるのではないか?ワークシェアリングのように雇用の形態も多様化している。
環境問題を背景に効率的な移動手段としてのバスへのニーズはまだまだ強くなると思われる。ワンマン運行は、欧州ではあたりまえのしくみとして定着しているが、それを支えているのは「公共」への意識だ。日本でも、自分の都合だけでは社会が立ち行かなくなるということを徐々に理解し始めているが、「公共」という概念には宗教や文化としての側面も大きい。欧州スタイルに習う以外にも日本らしい解決のしかたとして、車掌さんの復活を期待する。 [松山さんがデザインした未来のバス]
2003/04 |